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BK 117 は日本の川崎重工業と西ドイツのメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(MBB)社(現ユーロコプター・ドイツ社)が共同で開発・製造した民間用ヘリコプター。消防や救急用の様々な拡張装備が用意されており、日本でも多くの自治体が採用している。 == 開発経緯 == 川崎重工業では KH-4 や KHR-1 研究機で得た技術力を持って、1960年代から7席クラスの民間用国産ヘリ KH-7 の開発を行っていたが、石油危機の影響で頓挫していた。一方、西ドイツ(当時)のMBB社では、1975年(昭和50年)ごろから7〜10席クラスの Bo 107 ヘリコプター開発を計画しており、両社の意図がほぼ同じところから、2年余りの交渉を経て、1977年(昭和52年)2月に「BK 117」の呼称で共同開発が合意された。 契約は経費、計画、製作、販売割当からなり、1980年(昭和55年)を予定した型式証明取得までは、開発資金と開発分担率を 50 : 50 パーセントの両社対等な関係とした。製造に際しては、主要装備品の重複生産は行わず、互いの生産品を輸出し合い、最終組み立ては別々に行うこととした。担当部位は、川崎が胴体・トランスミッション・降着装置など、MBBがメインローター・テールローター・テールブーム・尾翼・油圧系統・操縦系統などの開発を担当し、メインローターと油圧系統はMBBが開発したBo 105 のものを基本としている。エンジンはライカミングLTS-101-650B-1 (600shp) を2基搭載した。 最終組み立て工場はドイツのドナウヴェルト、日本の各務原市、アメリカ合衆国のコロンバスに所在しており、2010年8月までに800機以上が生産された。 1979年(昭和54年)6月13日にドイツ側で初飛行、日本でも8月10日に初飛行した。1982年(昭和57年)12月9日に西ドイツで型式証明を取得、日本も12月17日に「国産ヘリ」として初めて日本国内の型式証明を取得した。輸出に必要な米国連邦航空局(FAA)による審査はMBB側によって行われ、1983年(昭和58年)3月9日に型式証明を取得した。同時に量産型 BK 117A-1 の納入を開始し、その後に数々の派生型を製造、エンジンも途中からチュルボメカアリエル1E2に改められた。2005年(平成17年)3月までに日本国内で139機が生産され、国内の運航事業会社、各自治体の消防防災航空隊や、警察航空隊向けとして採用されているほか、アジア各国やオセアニア地域へと輸出されている。また、ユーロコプターによってドイツでも販売され、ヨーロッパを中心に500機余りを受注、450機以上を売り上げている。 自衛隊を含む軍隊については、日本政府の武器輸出三原則を考慮して、救難・救命を除く作戦運用目的としては、販売を控えてきた。ただし、ドイツ側では武装バージョンも開発されており、胴体下に固定された機関砲や吊り下げ式のパイロンにHOT対戦車ミサイルを装備した物であったが、実際には発注されなかった。 1997年(平成9年)からはフルモデルチェンジを行った BK 117C-2(ドイツ名 EC 145)の開発もはじまり、1999年(平成11年)6月12日にドイツで初飛行、2000年(平成12年)3月15日に日本でも初浮揚、3月21日に初飛行した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「BK117 (航空機)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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